
症例17
【症例】20歳代女性
【主訴】嘔吐、下腹部痛
【現病歴】昨日夕食後に嘔吐し下腹部痛が出現。本日になっても嘔吐持続し改善しないため来院。
【既往歴】なし。
【身体所見】意識清明、BT 37.2℃、BP 108/67mmHg、腹部:平坦、やや硬、下腹部正中から右にかけて圧痛あり、反跳痛軽度あり、tapping pain(+)。
【データ】WBC 13600、CRP 14.94
画像はこちら
広範な腹膜の肥厚、脂肪織濃度上昇を認めており、腹膜炎を疑う所見です。
これまで見てきた腸閉塞とは異なり、腸管の拡張はそれほど目立たないですね。
小腸壁は強くのっぺり造影され、内部に液貯留を認めています。
これは、腹膜炎に伴う麻痺性イレウスを疑う所見です。
※小腸壁が厚くのっぺり造影されるのは漿膜側に炎症がおよび造影効果を認めるためと考えられます。
では、腹膜炎の原因は何でしょうか?
炎症の主座は下腹部ですので、
- 卵巣卵管膿瘍
- 卵巣腫瘍破綻
- 内膜症性嚢胞破綻
- 虫垂炎破綻
などが考えられます。
両側卵巣は同定でき、明らかな膿瘍形成を認めません。
また卵管は両側ともはっきりしません。(卵管は水腫や膿腫・留血腫など異常がないと同定できないが通常です)
では虫垂はどうでしょうか?
虫垂は根部から先端部まで追うことができ、確かに腫大・造影効果増強を認めていますが、明らかな壁の破綻・断裂を疑う所見は認めません。
虫垂の腫大は虫垂炎によるものでも説明可能ですが、腹膜炎からの炎症波及で腫大している可能性もあります。
診断:汎発性腹膜炎(およびそれに伴う麻痺性イレウス)
結局、術前に腹膜炎の原因は同定できず、外科・婦人科合同で手術となりました。
では、何が起こっていたのか手術記録を見てみましょう。
~~~~~~~~~~~~~手術記録より抜粋~~~~~~~~~~~~~
右中腹部で上行結腸と腹膜が一部癒着していた。
Douglas窩で白濁した膿性腹水を認め、小腸に炎症と浮腫所見を認め、腹膜炎の所見であった。
右下腹部で腹壁と膿苔で付着した腫大した虫垂を認め、周囲に多量の膿苔の付着を認めた。
急性穿孔性虫垂炎と判断した。
子宮は明らかな炎症所見を認めず。両側卵管(特に左)や卵巣は軽度腫大と炎症所見を認めたが、術中婦人科にも確認してもらい今回の炎症の主病変ではなく、虫垂炎による炎症の波及によるものと判断した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ということで、虫垂炎の穿孔だったということです。
なかなか術前の画像では確定診断するのは難しい症例でした。
最終診断:急性穿孔性虫垂炎による汎発性腹膜炎(およびそれに伴う麻痺性イレウス)
※虫垂炎穿孔、汎発性腹膜炎、いずれも臨床的には超重要ですが、腸・閉・塞ブートキャンプ では、この腹膜炎に伴う麻痺性イレウスがメインコンテンツであり、腸閉塞の画像とイレウスの画像の違いを味わってください。
その他所見:特になし。
症例17の動画解説
お疲れ様でした。
今日は以上です。
今回の気づきや感想などを下のコメント欄にお願いします。

「腹水+腹膜肥厚」、「CRP14.94」で腹膜炎と考え原因検索をしました。
虫垂壁が肥厚して、(本来なら液体貯留を伴って拡張している虫垂が)緊満感にかえる所見は、穿孔を示唆すると考えましたが…どうでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
>虫垂壁が肥厚して、(本来なら液体貯留を伴って拡張している虫垂が)緊満感にかえる所見は、穿孔を示唆すると考えましたが…どうでしょうか?
虫垂の肥厚および、緊満感は虫垂に炎症があることを示唆します。
穿孔すると緊満感がなくなり、虫垂が同定しにくいこともあります。
今回
・虫垂壁の断裂が見られない(画像では見えない断裂が実際にはあったわけですが)
・虫垂周囲にのみ膿性腹水と思われる液貯留が目立つわけではない
という点がより話をややこしくしました。
ただし、他の部位には主座を疑う所見がないので、おそらく虫垂なのだろうとは推測することはできます。
今日もありがとうございます。
麻痺性イレウスだろうなとは思ったものの、腹膜炎の原因が同定できませんでした…
アウトプットありがとうございます。
今回は難しかったですね。このようなときに何が原因となるのかを列挙できればOKだと思われます。
あとはこのような場合必ず虫垂を同定して、今回腫大にも気づきたいですね。
小腸壁肥厚があるが粘膜下浮腫ではない場合に「漿膜側の炎症・肥厚 → 炎症の波及による」というのは勉強になりました。(感覚的には持っていましたが、明確に機序を考えたことがなく腑に落ちました)
子宮・卵巣に明らかな異常が見つけられなかったものの、所見や症状から内膜症性嚢胞破綻など→PIDなどを考えてしまいました。虫垂の確認を完全に忘れていました…
「虫垂を確認」という意識さえあれば見つけられる症例だと感じたので、大いに反省です。
アウトプットありがとうございます。
>小腸壁肥厚があるが粘膜下浮腫ではない場合に「漿膜側の炎症・肥厚 → 炎症の波及による」というのは勉強になりました。(感覚的には持っていましたが、明確に機序を考えたことがなく腑に落ちました)
これについては私も同様で、そうなのだろうと言われていますが、教科書などには記載がないところです。(あれば教えていただきたいです)
>→PIDなどを考えてしまいました。虫垂の確認を完全に忘れていました…
「虫垂を確認」という意識さえあれば見つけられる症例だと感じたので、大いに反省です。
おっしゃるように虫垂炎の破綻は常に考えなければなりませんね。
閉塞起点のわからない変な腸閉塞と思いましたが、麻痺性であればこのような画像になるのかと勉強になりました。やはり最期は開腹して直接見るのが一番ですね。
アウトプットありがとうございます。
>閉塞起点のわからない変な腸閉塞と思いましたが、麻痺性であればこのような画像になるのかと勉強になりました。
そうですね。麻痺性の場合は、あまり腸閉塞ぽくない(だからこそ分けられているのですが)ですね。
腸管拡張もあまり目立たないので、あえて所見として取ると麻痺性イレウスというケースが多いと思われます。
SMA塞栓やNOMIの場合は、腸管拡張が目立つこともありますが。
腹膜炎→麻痺性イレウスは正解出来ましたが、原因がわかりませんでした。
子宮が左方に偏移していたので骨盤の右側に原因がありそうだと考えたのですが、卵巣の状態は見てもよくわからず、S状結腸付近のガスが腸管外のように見えたので、S状結腸穿孔としていまいました。
右下腹部痛のある若年者の腹膜炎の原因として虫垂炎が浮かばなかったことに悲しくなりました。
アウトプットありがとうございます。
>腹膜炎→麻痺性イレウスは正解出来ましたが、原因がわかりませんでした。
ここまででまずはOKです。今回は難しかったですね。
>卵巣の状態は見てもよくわからず、
右卵巣:183-186/202
左卵巣:178-182/202
あたりで今回は指摘が可能ですね。
ただし卵管が拡張していたりする様子はありません。
>S状結腸付近のガスが腸管外のように見えたので、S状結腸穿孔としていまいました。
穿孔ならばfree airが欲しいですね。今回虫垂炎の穿孔で、free airを認めないわけですが(^_^;)
>右下腹部痛のある若年者の腹膜炎の原因として虫垂炎が浮かばなかったことに悲しくなりました。
虫垂同定ブートキャンプまで開催して虫垂を同定したりしているわけですが、それはある意味「腹部救急は虫垂炎に始まり虫垂炎に終わる」ためです。
「うわ!虫垂炎だったのか・・・。ちゃんと見てなかった」という経験を私を含めみなさんしているためですね。
こないだローテートしてきた研修医の先生も、最初に虫垂炎を見落として、その後の虫垂炎には気づいたのに、最後の症例でも虫垂炎に気づかず、非常に悔しそうにしていました。
ローテートも「虫垂炎に始まり虫垂炎に終わったな」と最後は笑い飛ばしましたが、忘れた頃にやってくるのが虫垂炎ですね。
いつも大変お世話になっております。
腹膜炎による麻痺性イレウスにはたどり着くことができたのですが、その原因疾患を直腸穿孔としてしまいました。
181の子宮の背側に4つほどある小楕円形の脂肪濃度!?のものがとても気になってしまい、原因はこれか?→漏れ出てきた?と考えてしまいました。以前、他の講座で勉強した腸穿孔の時の便の粒々とは全然違うと思いつつも・・・。
この、小楕円形の脂肪濃度のものは何でしょうか。本題とずれた質問ですみませんが、ご教示いただけますと有難いです。
アウトプットありがとうございます。
>腹膜炎による麻痺性イレウスにはたどり着くことができたのですが、その原因疾患を直腸穿孔としてしまいました。
あと一歩ですが、腹膜炎による麻痺性イレウスという診断までたどり着けたのであればまずは十分ですね。
>小楕円形の脂肪濃度のものは何でしょうか。本題とずれた質問ですみませんが、ご教示いただけますと有難いです。
確かにこの症例では非常に見やすいですね。
結腸の周りにある脂肪組織・・・・・、主に捻転を契機に脱落することがあり、腹腔内を移動して、最終的には石灰化することがあるものです。
https://imaging-diagnosis.com/view/Yk5AHGDc
ご教示くださいまして、ありがとうございます。
腹膜垂ですか!勝手に、もっと頭側にあるもの、と思い込んでいたのと、こんなに沢山あると思いませんでした。
勉強になりました。
>腹膜垂ですか!勝手に、もっと頭側にあるもの、と思い込んでいたのと、こんなに沢山あると思いませんでした。
そうです。腹膜垂です!
それが非常に見やすい症例とも言えますね。
腹膜の肥厚、初めて見ました!麻痺性イレウスにも腹膜炎にも辿り着けませんでしたが、1つ1つ、覚えていくしかないですね。頑張ります(汗…)
アウトプットありがとうございます。
腹膜に造影効果を認めている場合は、炎症が波及していることを示唆します。
また腹膜炎による麻痺性イレウスの場合、小腸の漿膜側の造影効果が目立つことが多いのでそれも手がかりにしてみてください。なかなか難しいとは思いますが・・・・。
画像診断の話とずれてしまいますが、10代-20代女性の虫垂炎を2件診ました。
病歴聴取が本当に大事ですね。
そのうち1件は穿孔寸前の方でしたが、ある時点までは痛くて動いてる方が楽だったけど、ある時点から動くと痛むので動かないようにしたとおっしゃってました。
手術記録では膿性の腹水が溜まっていたとのことなので、おそらく腹水による腹膜炎によるものだったと思われました。
またその症例では右下腹部から臍下部まで比較的広範囲に圧痛を認めました。炎症が限局している虫垂炎であればせいぜい指1本程度の幅だそうなので、身体所見からも穿孔が示唆されると思います。
穿孔までは2−3日かかるということなので、発症から穿孔するまで若干早いなと思いました。もしかしたら嘔吐する前に前兆があったかもしれません。
病歴聴取の楽しさを知った思い出深い症例です。
貴重な体験談ありがとうございます。
穿孔して局所的に被包化されていたのですかね。汎発性腹膜炎という感じではないですね。
>病歴聴取の楽しさを知った思い出深い症例です。
思い出深い症例は覚えてますね。
私が3年目のときに、
奥さんが入院
→旦那さん(80歳くらい)がお腹痛いから自分も入院させてくれ。と救急外来受診。
→(いやいや、一緒に入院したいだけだろ)レントゲン撮影、診察して「今日は部屋が空いていないので入院はできません。」と帰す。
→ 夜中に家族に連れられて再び受診(walk in)。
→(いやいや、どんだけ一緒に入院したいんや)CT撮影。
→ 明らかな絞扼性腸閉塞
→ 「すぐ入院してください。部屋を用意します・・・・」と手のひらを返したように。
家族が当日入院、walk in、身体診察からも重篤感がない、というところからの思い込みでした(^_^;)
そういえば、先生が紹介してくださった「ブラッシュアップ急性腹症 第2版」購入しました。
まだちゃんと読めていませんが、腸閉塞をイレウスと言うのはやめようと強く書かれていましたね。
こちらこそ貴重な体験談ありがとうございます。
“自分も入院させてくれ”と言ってWalk Inで来院して、”絞扼性腸閉塞”って怖すぎます。。^^;
高齢者は何でもありですね。。気を引き締めて頑張ります。
本、買っていただけて嬉しいです。まさか本を買っていただけるとは思わなかったのでありがとうございます。
マニュアル本だったりフローチャート本、エビデンスをまとめた本は沢山ありますが、こんな風に臨床に携わる先生方の”生きた知識”に触れられる本はあまりお目にかかれないので重宝しています。
この講座も先生の生きた知識に触れられるのでありがたいです。既に何度かこの講座に救われています。
>高齢者は何でもありですね。。気を引き締めて頑張ります。
そうですね。地雷は歩いても来ますからね(^_^;)
>こんな風に臨床に携わる先生方の”生きた知識”に触れられる本はあまりお目にかかれないので重宝しています。
そうなんですね。あまり読めていないので読んでみようと思います。
>この講座も先生の生きた知識に触れられるのでありがたいです。既に何度かこの講座に救われています
いえいえ、そのように言っていただきありがとうございます。作り甲斐があります(^^)
よくやってしまうのですが、画像を上下に動かしていると、組織が渦を巻いているように見えてしまいます(当然、腸の配置に合わせて多少ねじれるのでしょうが、それが大げさに・病的に見えてしまいます)。
今回は絞扼性腸閉塞と間違えてしまいましたが、絞扼性とするのであれば、やはり根拠をもう少し探そうとしないといけなかったですね。。
アウトプットありがとうございます。
>画像を上下に動かしていると、組織が渦を巻いているように見えてしまいます(当然、腸の配置に合わせて多少ねじれるのでしょうが、それが大げさに・病的に見えてしまいます)。
Whirl signは正常例でもよく見られるのでそれが原因で腸間膜が捻転しているとかでないと有意ではありません。
異常ぽく見えてしまうのはよくわかりますが。
>絞扼性とするのであれば、やはり根拠をもう少し探そうとしないといけなかったですね。。
そうですね。今回は腸管の拡張自体はそれほど目立たないので(結腸は一部ガスが目立ちますが)、本当に腸閉塞なのか?というところからですね。
空腸の口側、トライツ靱帯からすぐのところで壁肥厚強く、アニサキス症かと思ってしまいました。
これは内腔が虚脱しているだけでしょうか?
お願いします
アウトプットありがとうございます。
>空腸の口側、トライツ靱帯からすぐのところで壁肥厚強く、アニサキス症かと思ってしまいました。
28 / 202あたりですよね。空腸のケルクリング襞が明瞭に見えますがこれはいわゆる3層構造を保った粘膜下層の肥厚が目立つ壁肥厚ではありません。
もちろん所見としては目立ち、感染性小腸炎などを疑う所見とはなりますが、アニサキスの場合は粘膜下層が肥厚するのが一般的です。
またアニサキスの場合は、腸間膜の浮腫や腹水貯留を伴う(今回は伴っていますが)ことが多いです。
関連
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